どーも、たっきんです。
僕は今日現在で47歳なのですが、20代から40代は、会社組織や子育てで「役割」を果たすのに必死な時期だと振り返ります。
毎日をこなすのに必死で自分のことは後回しだったような気がします。
ただ、その役割を終えるのが50代なんじゃないかって考えた時、残りの人生ってどう生きるとイイんだろう…って考えることがあります。
僕自身、このブログで「不完全主義」や「時間の価値」について書いてきましたが、やっぱり「将来への備え」と「今を楽しむこと」のバランスに悩む日もあるんですよね。
そんな時に出会ったのが、今回ご紹介する書籍『50歳から花開く人、50歳で止まる人』です。
著者:有川 真由美 氏



有川真由美 氏
出典:X
作家、写真家。
鹿児島県姶良市出身。
台湾国立高雄第一科技大学修士課程修了。
塾講師、衣料品店店長、着物着付け講師、ブライダルコーディネーター、フリー編集者など数多くの職業経験を生かしながら、主に働く女性に向けたエッセイの執筆や講演などを精力的にこなす一方で、世界40カ国以上を旅し、旅行作家としてエッセイも執筆されています。
有川さんの著作を読んでみて、50歳代を「下り坂」にするか「最高の冒険」にするかの分かれ道について考えてみました。
「自分」を主役にするシフトチェンジ



今の生活は「期間限定」
毎日、仕事や子育てに追われていると「この忙しい生活が一生続くような錯覚」に陥ってしまいがちですよね。ただ、よく考えてみると…会社には定年というゴールがありますし、子供たちもいつかは自立して家を出ていっちゃいます。
これまでの「パパ」や「役職者」としての役割に追われる日々は、人生における「期間限定の特別任務」のようなものなのかも知れません。
1つ前に書いたブログの主役アラン・ワッツ氏は、多くの人が「老後のため」「将来のため」と今を犠牲にしていると指摘していましたが、いざ役割が終わって自由な時間が手に入ったとき「自分は何が好きだったっけ?」と立ち止まってしまうのは、何かもったいない気持ちになります。



今のうちから「役割を脱ぎ捨てた『ただの自分』に戻ったとき、何を一番に楽しみたいか」を妄想しておくと、役割が終わった後の人生を「最高の冒険」に変えるための、大切な準備になるんだと気づかせて貰えました。
「いい人」を卒業する



子供の時代から今に至る迄、社会の中でうまく泳ぐために、どうしても「いい人」を演じがちだなぁって感じます。生活のため、ひょっとしたら円滑な人間関係のために、苦手な相手に合わせたり、本音を飲み込んで我慢したり……。
これも前回のブログの話になりますが「禅の引き算」の考え方では、幸せとは何かを付け足すことではなく、不要なものを手放した先にあるものなんですよね。50歳という節目は、そんな「周りの目」や「自分を縛る偏見」をアンラーニング(学習棄却)する最高のタイミングかもって感じます。
これからは「損か得か」という物差しを捨てて、自分の内側から湧き出る「ワクワクするか、心地いいか」という直感で進んでみてもいいみたいです。
逆に、「嫌い・苦痛・つまらない」といった負の感情を我慢して持ち続けるのは、人生という短い音楽の演奏をノイズで台無しにするようなもの。
もっと自分の感情にワガママになって、ただ一人の人間として正直に生きてみましょう。


そんな素直さが、結果として自分も周りも幸せにする「心の平穏」に繋がっていくようですよ。
ジタバタせずに賢く挑む
やりたいことは「実験」から
新しいことに挑戦しようとする時など特に「本当にやりたいことって何だろう?」と悩んで立ち止まってしまうことってありませんか?


僕はありますね。
著者の有川さんによれば、まだやっていない段階での「やりたいこと」なんて、「やってみたいこと」という仮説にすぎないと言及されています。
だからこそ、最初から「これが正解だ!」という確信を求めず、最初は「実験」だと思って気楽に手を出してみるのが始めるコツなんだそうですよ。
「今に没頭する」という教えにも通じてますね。未来の(ゴール)を計算してから始めるのではなく、目の前のプロセスそのものを楽しむことですね。
脳内に幸せなホルモンが充満する生き方ですぞ。


「ちょっと面白そう」という直感で動いているうちに、少しずつ手応えを感じて、それがやがて「本当にやりたいこと」へと育っていく…50歳からの冒険は、そんな「動きながら見つける」という軽やかさが、冒険の書を充実させてくれるんだと思います。
「わらしべ」を交換していく戦略



50歳から新しいステージへ進むとき「ゼロからなんて無理だよ」と今更感を感じるかもしれません。



安心してください。
著者は、これまでの人生で積み上げてきた経験やスキルという名の「わらしべ」がたくさんあると言われます。
新しいことを一から始めるのではなく、今持っている価値(わらしべ)を元にして、新しい価値を生み出していく。これが有川さんの提唱する「わらしべ長者戦略」です。
その象徴的な例が、アンパンマンの作者やなせたかしさんです。 やなせさんがアンパンマンを生み出したのは50歳の時だったようですが、それまで「漫画家」という軸を持ちながら、百貨店のデザイナーや放送作家、作詞家など、自分の持っている価値を相手のニーズに合わせて交換し続けてこられました。
僕たちが今まで集めてきた日々の気づきやスキルも、立派なわらしべだと思うんです。
それをどこで、誰のために使うか。
そんな風に「経験の交換」を面白がることが、50代で大輪の花を咲かせる秘訣なのかもしれませんね。
心の平穏のための「逃げ道」と「人選び」



逃げ道があるからこそ
10代20代の頃なら「背水の陣」で自分を追い込んじゃって、失敗しても死に物狂いで取り戻すというやり方。これは一つの正解だったかもしれませんが、50歳からの挑戦では、退職金や貯金をすべてつぎ込んで後戻りできない状況を作るのは、あまりにリスクが高すぎると感じます。



50代以降こそ「最後への逃げ道」をしっかり用意しておきましょう。
この姿勢は、もし失敗しても生活が破綻しないという「心の保険」を準備することなんでしょうね。
「いざとなれば逃げ道はある」という安心感があるから、新しい一歩を重く捉えすぎず、「実験」のような感覚で気楽に踏み出すことができるようになるんだと思います。僕が大切にしている「心の平穏」を守るためにも、この「賢い逃げ道」の確保は、最高の攻めの戦略と言えるのではないでしょうか。
「損得」ではなく「ワクワク」で
人間関係って、どうしても仕事の肩書きや「この人と付き合えば得をするか」といった損得勘定が混じってしまいがちですよね。著者は、これからの人生で大切にしたいのは、能力の高さよりも「一緒にいて心地いいか」「ワクワクするか」という自分の直感だと言われます。
どんなに優秀な相手でも、話していて「なんか噛み合わないな」とモヤッとする相手とのコミュニケーションは、膨大な時間とエネルギーを消耗させ、ストレスの原因になります。
50歳を過ぎたら、会社の肩書きや上下関係を一度リセットしてみて「一人の人」としてフラットに繋がることの面白さを味わってみると良いのかも知れません。虚勢を張らず、自然体で、自分が本当に大切にしたい人に感謝を伝えながら。
そんな「頑張らなくてもいい関係」を優先することが、人生後半の幸福度を安定させてくれるんだろうなと感じます。
「勝ち」の定義
競争や比較を卒業



人生の前半戦は、どうしても学歴や年収、結婚、マイホームといった「他人との比較」や「競争」が付きまといがちですよね。社会的な評価という物差しで「勝ち組・負け組」なんて言われることもあり、僕たちも無意識にそんなレースに参加して疲弊していたのかもしれません。
50歳からの後半戦は、そんな外側のステータスはどうでもよくなるみたいです。お金や地位といった他人が作った概念(幻想)を追っても心は満たされないと言ってる人もいたなぁと。



本当の幸せは自分の内側にしかありません。
50代からのフェーズでは、何かに秀でている人ではなく、「毎日を生き生きと、笑顔で楽しんでいる人」「楽しんだもの勝ち」の生き方こそが、後半戦の最高の戦略になるようなのです。
「今」この瞬間に
「時間ができたら」「退職したら」……。
僕たちはつい、やりたいことを「いつか」という未来へ先送りしちゃってることがあります。そして、多くの人は「未来の何かのため」に今を犠牲にして生きています。それはまるで、曲の最後の一音を聞くために音楽を聴いているようなもので、演奏されている「今」という時間を忘れてしまっている状態です。
人生は目的地を目指す旅ではなく、今この瞬間に鳴っている音楽のようなものなのかも知れません。もし、「あと1年しか人生がないとしたら?」という感覚で日々を眺めてみたらどうでしょう…きっと、やりたくないことに時間を割いている余裕なんてないことに気づくと思うんです。


いつかは、ずっとこないんぢゃ!
だからこそ、やりたいことは今すぐ小さく実行してみる。
たとえ完璧な準備ができていなくても、僕が得意とする「不完全主義」で、今この瞬間の体験そのものに没頭する。その「今」という輝く瞬間の積み重ねが、人生最期から振り返ったときに「あぁ、面白い冒険だったなぁ」と思える最高の人生を作ってくれるのだと思うんです。
ただ、僕自身まだ47歳。
正直、「本当に50代は自由になるのか?」そんな半信半疑な気持ちもあります。
それでも一つ言えるのは、人生は準備してから始めるものではなく動きながら見つけていくものなのかもしれませんね。
まとめ



50代は人生の「下り坂」ではなく、これまでの重たい「役割」を脱ぎ捨てて、本当の意味で自由になれる「本番」の始まりなのかも知れません。
20代から40代までの、会社組織や子育てといった「誰かのために」一生懸命だった日々は、人生における「期間限定」のタスクに過ぎませんでした。
これからは、社会的なステータスや誰かとの比較といった「足し算」の幸せを追い求めるのをやめて、不要な執着を手放す「引き算」の思考で、自分の内側にある本当の望みに耳を傾けてみようと思います。
完璧を目指して準備に時間をかけるよりも、「不完全主義」でいいので、まずは「実験」だと思って気楽に新しい一歩を踏み出すことが大切なんでしょうね。これまでの人生で集めてきた経験という名の「わらしべ」を、今の自分の「ワクワク」と交換していければと思います。
もし、著作が気になる方はお手にとって読んでみられてもイイんじゃないでしょうか?
今回は以上になります。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
ちなみに皆さんは「50歳からの人生」どう生きたいと思いますか?
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昨日の自分よりも、今日の自分を好きになれますように♡
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